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借り上げ社宅の家賃や広さの上限を検討するとき
2019/12/12
(最終更新日:2022/4/1)
既に会社の福利厚生制度としてはポピュラーとなった借り上げ社宅制度ですが、その運用方法は企業ごとで千差万別です。住宅関連の福利厚生制度を基準に転職先を選択する若者も増える一方で、企業の社宅制度運営には実務上の問題点や法改正による修正業務が発生し、近年は新型コロナ感染症の拡大によるテレワークや本社移転などによって抜本的な制度の見直しに会社は頭を悩ませています。それもそのはず、企業が福利厚生制度として導入する借り上げ社宅制度は税法・社会保険法上も一定の自己負担(賃貸料相当額)が制限されている程度で、通常の会社員が住むレベルの住宅では豪華社宅など難しい法律を考慮する必要も無いため、基本的には「企業の自由度が幅広い」からです。
今回はそんな中でも最も相談の多い、社宅制度の上限設定について考えます。
福利厚生制度のジレンマ
社宅のような福利厚生制度は「従業員のためであること」「公平であること」「社会通念上適正であること」の三点を具備するよう設計しなければなりません。会社の制度である以上は当然に厳格さが必要ですが、厳格さや公平性を追求しすぎると今度は「窮屈」すぎて実務運用できないジレンマに陥ります。また、窮屈な制度にすると必ず悪用するものが現れるためどの程度まで制限するかは十分な検討が必要です。とはいえ、家族構成や赴任エリア、役職や入居時の年齢、勤続年数まで考えると無限に設定可能に思えてきます。社宅の制限はどんなものがあるか、一般的なものから紹介します。
利用者の範囲の制限
社宅に入居できる対象者は誰にするか、いきなりですが最も悩ましい問題です。数名しかいない会社であればコストを無視して全従業員を対象としてしまえば楽ですが、持ち家、わけあって社宅に入居したくない社員など、社宅に入居しない従業員との間での不公平は必ず発生します。新入社員で持ち家、社宅入居を拒否することはまず無いため、新入社員や単身赴任者のみを対象としている会社も多くありますが、内定辞退や新入社員の離職(7・5・3問題)でせっかく用意した社宅の短期解約(違約金)のコストも心配です。社宅を利用しない従業員には住宅手当を支給する会社が多くありますが、パート・アルバイトなど、非正規社員との同一労働同一賃金にも配慮が必要です。利用者の制限は事業性(事業所間の異動や採用計画など)や社宅制度の導入目的(リスクプレミアムなのか、若年層の育成なのか、ミドル層への功労報償なのか、企業ブランディングなのかなど)や不均衡の配慮(均衡手当等)によって決定します。新規導入であれば試験的・限定的なスモールスタートとし、制度の見直しや廃止であれば労働契約法上の不利益変更に抵触しないかバランスを考慮しながら決定が必要です。
家賃の上限
家賃の上限についてはほとんどすべての社宅制度で規定されていますが、制度設計でよくあるミスとして、社宅規程に「家賃」としか記載せず、共益費(管理費)の考慮が抜けているパターンがあります。家賃といえば共益費を含むものであるとは従業員の言い分で、共益費は含まないと解釈している企業もあります。こういう初歩的なミスのある企業では共益費と家賃の按分操作による制度悪用はだれでも思いつくため、高確率で操作が発生します。制度設計する際には「家賃には共益費(管理費)を含むものと解釈する」等、共益費を忘れないようにしましょう。家賃上限は設けないとしている企業も中にはありますが、家賃に連動して「敷金」「礼金」「更新料」「仲介手数料」が増減しますので注意が必要です。
家賃相場や物価(最低限の生活費)はエリアによって異なりまた家族構成やライフスタイルでも地域差は影響され、正解はありません。家賃の上限は最も不満と不公平を生みやすい制限のため、本項も難題のひとつと言えます。細分化すると実務運用できなくなりますし、あまりにもざっくりだと不公平が爆発します。例えば、社会保険法上の現物給与価格を算式に入れる方法も妥当かと思いますが、地域ごとの家賃上限について計算根拠を明確にしている会社は見たことがありません。当方の経験値不足でしょうか。他社はどうやって上限を決めてるのか質問はたくさんいただきますが、、。
広さの上限
家族構成によって借り上げ社宅の広さに制限を設けているところもあります。もともと所有している社有寮(社有社宅)の広さとの均衡を考慮しての制限や、家族帯同転勤が発生した際に「後付け」したことによることが多いようです。
広さを制限することは退去時のクリーニング費用など、原状回復費用が高額にならないようにするほか、社会保険法上の現物給付の時価が高額にならないよう配慮していると思われますが、最近の会社員は私生活が豊かになっていることもあり、単身者は20㎡までなど、10年前であればだれも文句を言わなかった制限も最近は不満を言われることから広さ制限は緩和するところが多く、また故意・過失により別で発生した原状回復費用は全額自己負担とするなど、制度の修正を行う企業も多くなりました。かつては高額な原状回復費用の負担を従業員が承諾せず会社と家主がトラブルとなることも頻繁に発生しましたが、最近は原状回復費用のガイドラインも広く認知され、約定したものを除いた原状回復費用はほぼ請求されることがなくなったことから、全額自己負担へ変更することは特に反発も無く進めることができるようになっています。やっぱりみんな広い部屋に住みたいですからね。
なお、従業員(使用人)に対する住宅の貸付は役員への貸付と異なり、小規模な住宅の範囲や豪華社宅として指摘される広さを考慮する必要はありません。(芸能事務所やプロスポーツ団体等を除き従業員が大企業の役員クラスの社宅に住むことは一般企業ではまずないでしょうけれど。。。)
ペット飼育の制限
「社宅でペットを飼育する?ふざけるな!常識外れが!」と言われた時代は終わりつつあり、最近は社宅でペットを飼育したいという要望が本当に増えました。それも当然、ついこの間まで愛玩動物と呼ばれた犬や猫はいまや家族の一員、ペットが病気になれば会社を休むのは「常識」で、ペットを飼育する世帯は年々増加しています。ペット飼育可の付加価値を付けた賃貸マンションも増加していますね。こちらについては別で頁を設けていますので興味のある方は確認ください。
勤務先からの距離の上限
事業所から社宅までの距離を設けているところも多くあります。社宅を用意しているのに高額な交通費を支給するようでは二重コストになるため企業としては近隣に住んでもらいたいというのは当然です。交通費だけでなく事業所から居住地が遠方であるほど通勤災害や公共交通機関の遅延リスクが高まるうえ、近年の災害激甚化によって「帰宅難民」となれば企業も一定の責任を負わなければなりません。特に東日本大震災以降は社宅に一定の距離制限を設ける会社が非常に増えましたが、新型コロナ感染症の影響によって今度はテレワークが広がり、出勤の必要性が低下したことから距離の制限を緩和する動きもあります。
IT企業など実際の業務としては完全テレワークが可能でも組織運営はそう単純ではありません。やはりチームビルディングの重要性を考えると出勤不可能となるような極端な遠方まで許可すべきでないという意見もありますし、居住地に制限されず優秀な人材を登用できる多様的で魅力的な会社づくりのためにも距離の上限は無用という意見も一理あります。今後コロナだけでなく新たな感染症と社会のかかわりがどうなるか予測不可能であり決断のタイミングとしては時間が欲しいところです。
ただ、従来のように勤務地からの距離を制限した場合、物件の少ない地方事業所と都市部事業所では選択肢に不公平があることも事実ですし、実務上も他の制限と比較して特例を認めやすかったのが距離制限であるため、今後は距離制限は緩和する方向にすすむようにも思います。距離の制限は私生活に大きな不利益を伴わないことから、労働契約法上の観点からも比較的柔軟に変更しやすい制限の一つといえます。
一時金の上限
かつては賃貸マンションを契約するときには、敷金3カ月、礼金6カ月など条件を提示する物件は特別ではありませんでした。単身住宅でも人気のエリアであれば一時金だけで100万円を超えることになりますが、現在は保証会社の普及によって「滞納リスク」も減少しているため、初期費用は国内どこのエリアでも減少傾向が続いています。それでも敷金・礼金の上限を規程している会社も多くあります。従業員が自己負担を減らすため一時金の加算し賃料減額を交渉するケースも多くありましたが、社宅代行会社から不動産業者への操作に対するペナルティなど厳しくなったことから、最近はわずかな自己負担をさらに減らすために条件を操作することも減りました。
なお、10年以上前に家電や生活用品を家主に購入させて礼金を加算する手法が転勤者で流行った時期がありましたが、最近は家具・家電付きの条件をアピールする物件もあります。備え付け以外の家具・家電を会社が貸与する場合には厳密には給与と扱われますが、礼金に入れてしまえばその部分を証明しようがないという理屈ですね。賢いです。
一時金は将来さらに減少傾向に進むため、特に上限を設ける必要はないという意見もあるでしょうが、「借り上げ社宅の賃貸契約に係る初期費用の上限は賃料等の6カ月以内とする」程度の制限はあっても良いと思います。
労使協議会でよく話し合うこと
社宅制度は従業員にとってメリットが多い一方で、制度が無制限であったり、解釈に難があったり、例外を認めると瓦解する要因となります。一方的な制限の設定や廃止を決定すると副作用で不正利用や悪用が発生し、制度の不備で大切な従業員を懲戒しなければならないことにもなりかねません(実際に多く発生しています)。社宅制度の制限を検討する場合には知識に非対称の無いバランスの取れた労使協議メンバーと、弁護士や社会保険労務士等の第三者を交えて方向性を協議することが最も最良な制度設計の手段であり、全ての事業主に汎用性のある正解はありません。働き方改革や労働者の権利保護意識が高まる今、福利厚生制度の変更は「よく話し合うこと」が必要です。
【記事監修】RESUS社会保険労務士事務所/山田雅人(宅地建物取引士・社会保険労務士)
大企業・上場企業を中心に10年にわたり全国500社以上の人事担当と面談、100社以上の社宅制度導入・見直し・廃止に携わった経験を活かし、不動産に特化した社労士として事業主・従業員双方にメリットの高い制度設計など中小企業の働きやすい職場に向けた取組を支援しています。
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当社では借上げ社宅制度の導入のほか、制度見直し、業務アウトソーシングなど、福利厚生制度全般に係るコンサルティング業務を専門で行っております。まずはお気軽にお問い合わせください。
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